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高松高等裁判所 昭和43年(ネ)30号 判決 1968年10月01日

第一審原告

(被控訴人・附帯控訴人)

乾道一

外四名

代理人

小川秀一

外一名

第一審被告

(控訴人・附帯被控訴人)

外一名

代理人

片山邦宏

外五名

主文

第一審被告らの本件各控訴および第一審原告らの本件各附帯控訴は、いずれもこれを棄却する。

控訴費用は第一審被告らの負担とし、附帯控訴費用は第一審原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所の事実の認定、法律判断は、次に附加するほかはすべて原判決の理由説示と同一(但し、原判決二八枚目表六、七行目に「無資格運転により一回、制限速度違反により三回」とあるのを「免許証不携帯により一回、積載違反により一回、制限速度違反により二回」と訂正する)であるから、その記載をここに引用する。

一責任原因について。

(一)  <証拠>によれば、本件事故現場の那賀川に面した部分には石垣が構築されていたが、右の石垣は石を単に積み重ねただけのいわゆる空石積の工法によつたものであることが認められるところ、第一審被告らは、右石垣が空石積であることを以て本件道路に瑕疵があるとは言えない旨主張する。

なるほど<証拠>によれば、空石積工法は石垣構築の一方法であり、それ自体には工法上の欠陥があるわけではなく、現場によつては使用されている工法であることが認められるけれども、一方、<証拠>によれば、空石積工法による石垣は、石と石との間をセメントで固塗したいわゆる練石積工法による石垣に比較すると、その構造上脆弱であること、本件事故現場の石垣は昭和一七、八年頃に空石積工法によつて設置されたまま一度も改修が加えられていなかつたことが認められる。そして、本件事故現場の石垣が深い谷に向う急斜面に構築されたものであること、本件事故当時は、右石垣の構築当時に比べて車輛が大型化し交通量も増大していることを考えあわせると、地形上明らかに危険な箇所である本件崖の部分に、空石積による石垣を構築したまま、その後の交通事情の変化にも拘らず本件事故発生に至るまで右石垣自体に何ら改修工事を施さず、または危険標識を設け、或は重量制限をする等の危険防止の措置を講じなかつたことは、本件道路の管理に瑕疵があつたと言わざるを得ない。

また第一審被告らは、本件石垣が、根元部分を残して上部が崩壊していることは、空石積工法自体の欠陥による崩壊ではないことを示している旨主張する。そして<証拠>によれば、本件石垣はその基底部の一部を残してそれより上部全体が崩壊していることが認められるところ、第一審被告主張の如く右崩壊の形状からみて本件崩壊原因が空石積工法以外に存するものとは、第一審被告らの全立証を以てしてもこれを認定することができない。

(二)  次に第一審被告らは、本件事故現場の道路及び石垣には外観上事故直前まで何らの異常も認められず、また大型車輛数台が無事通行していたのであるから、本件道路の管理に瑕疵はなかつた旨主張するが、前認定のとおり本件事故は道路ないし石垣に外観上明らかな瑕疵が逐次増大して発生したものではなく、空石積工法による石垣が年月の経過や車輛の大型化、交通量の増大等によりその負荷に堪え切れなくなり、且つ本件道路のうち那賀川寄りの部分が常時幾分軟弱な状態にあつたことと前々日来の降雨と相俟つて、たまたま本件自動車が通過しようとした際その重量により突然石垣が崩壊するに至つたものであるから、事故直前まで外見的には異常がなく、また他の大型車輛が無事通過していたとしても、そのことを以て本件道路の管理に瑕疵がなかつたとすることはできない。

(三)  第一審被告らは、第一審原告乾道一が本件桟敷上を通過せずその左側の路肩上を通過した過失により本件事故が発生したものである旨主張するが、本件事故自動車の左車輪が桟敷の左側の路肩上を通過したことを認めるに足る証拠はない(事故後桟敷が折損していなかつたことを以て、事故自動車が桟敷上を通過していなかつたものとは軽々に認定できない)から、第一審被告らの右主張も失当である。

(四)  次に第一審被告らは、本件国道中崖に面した部分をすべて改良するとすれは、その工事に巨額の費用を要し、予算面からみて到底期待不可能であり、且つまた本件道路の供用を廃止することは社会経済的にみて不可能であるから、本件事故は社会通念上不可抗力的に生じたものであると見るべきである旨主張する。<証拠>によれば、本件国道中崖に面した部分の石垣をすべて練石積にする等の改良工事を施すとすれば相当多額の費用を要することが認められ、第一審被告らにおいてその予算措置に窮するであろうことは推察に難くないところであるけれども、予算の不足を理由にして道路の管理に瑕疵がなかつたものとは言うことができず、また右瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任が免責されるいわれもない。また、予算不足のため本件道路の全面的改修が事実上早急にはできなかつたとしても、本件道路の管理の方法として、本件道路を通行止めにしないまでも危険標識の設置や重量制限等の措置をとることにより安全保持の方法を講ずることができたのであるから、本件道路に対する安全管理が社会通念上全く期待不可能であつたものとは認めることができない。

二損害について。

(一)  第一審原告乾清美の逸失利益及び慰藉料額について。

第一審原告乾清美が貨物自動車の助手として働くかたわら、農事に従事することによつて得べかりし利益の額が幾ばくであるかについては、<証拠>を以てしてもこれを認定するに足りず、他にこの点を立証すべき何らの資料もない。

また本件事故がいわゆる一般の交通事故等とは異なり、第一審被告らの故意、過失に基づく不法行為に因つて生じたものではないこと、本件道路の瑕疵が外見的には容易に覚知し難いものであつて、事故の直前まで自動車の運行に支障がなかつたところ、たまたま本件自動車の通行に際し突然道路の崩壊を生じたものであること等の点を考慮すると、第一審原告乾清美の慰藉料は金三〇万円を以て相当と認められる。

(二)  亡川口正の逸失利益及び第一審原告川口両名の慰藉料額について。

原判決認定のとおり、亡川口正は訴外三陽産業株式会社の会長として実質上右会社を主宰していたところ、昭和三〇年一一月頃以降山林事業に着手してからは、立木売却代金等の会社の資金を自己の私財と同一視してこれを任意に処分使用し、少くとも毎月金一〇万円程度の収入を得ていたものと認められるけれども、<証拠>によれば、亡正の右収入は正規の会社経理を通じたものではなく、また生前個人としてその収入につき所得税の申告、納付をした形跡もないことが認められるから、右のような不安定且つ闇給与的収入を、満六〇才を超えてもなお同様に継続して取得し得る蓋然性は甚だ低いものと言わねばならない。また<証拠>によれば、亡正は生前立派な邸宅に住み、かなりぜいたくな生活をしており、交際費や交通費をも含めると、同人の生活経費として費消していた金額は一ケ月少くとも金五万円を下らなかつたものと認められる。

また前記(一)の後段に記載した事情を考慮すれば、第一審原告川口両名の慰藉料は原判決認定の額を以て相当と認められる。

(三)  過失相殺の主張について。

本件事故が第一審原告乾道一の運転上の過失によつて発生したものとは認められないこと、その他本件事故の発生につき第一審原告らの過失が認められないことは原判決説示のとおりであり、当審における証拠調の結果によつても、第一審被告らの過失相殺の主張を認めるに足りない。

三弁護士費用の請求について。

第一審原告らは第一審被告らに対し、本件訴訟の追行に要する弁護士費用の賠償を求めているので、その当否について判断する。

元来不法行為に因つて生じた損害の賠償請求に要した弁護士費用は、当該不法行為の被害者(ないしはその承継人)が加害者に対して有する損害賠償請求権を実現するために要した経費であつて、当該不法行為に因つて直接生じた損害とは異質のものと考えられる。そして右の経費は、加害者が本来の損害賠償義務を任意に履行しないことによつて生じたものであるから、加害者の右任意履行拒絶行為(抗争行為)が違法性を帯びる場合には、右不当抗争行為自体が別個の不法行為を構成し、被害者は加害者に対し右不当抗争行為に因つて生じた損害として前記経費の賠償を求め得るものと解される。

換言すると、不法行為に基づく損害賠償請求に要した弁護士費用は、そのすべての場合に賠償を求め得るものではなく、加害者の抗争行為が正当な防禦権の行使の範囲を超えて違法性を帯びるに至つた場合に限つて賠償を求め得るものと言うべきである。

尤も右のような考え方に対し、不法行為に基づく損害賠償請求に要した弁護士費用は、本来の不法行為に因つて直接生じた相当因果関係の範囲内の損害であつて、相手方の抗争態度の如何に拘らず、すべての場合にその賠償を求め得るとする見解もある。

ところが、右のような見解をおし進めると、不法行為に限らず一般の債務不履行の場合においても、その債権請求に要した弁護士費用は、債務不履行に因つて生じた直接の損害として、債務者の抗争態度如何に拘らず常にその賠償を求め得る結果とならざるを得ない。しかし、何人も裁判を受ける権利を有することは憲法第三二条の明定するところであり、他からの訴追に対して敢えて応訴し、裁判による黒白の判定を求める行為は、一般に法律によつてひろく認められた正当な権利があるから、それが濫用にわたらない限り正当な防禦権の行使として当然許容さるべきものである。

しかるに、応訴行為自体には何らの違法性が認められない場合においても、敗訴と言う結果だけで法定の訴訟費用以外の弁護士費用まで賠償せしめることは、相当の応訴理由をもつ債務者にとつて甚だ酷に過ぎるものであり、また正当な防禦権の行使を不当に制肘するものと言わねばならない。

更に前記の見解によれば、原告が勝訴した場台には被告の応訴行為の違法性の有無を問わずに弁護士費用の賠償を求め得るのに対し、被告が勝訴した場合には原告の提訴行為に違法性があつた場合にのみ弁護士費用の賠償を求め得ることになり、両者の衡平を失するものと言うべきである。

もし弁護士費用の負担を応訴の相当性の如何に拘らず、すべて敗訴者の結果責任とするのが政策上の妥当であるとするならば、その旨の立法(弁護士費用の訴訟費用化)をすると共にその数額も妥当な範囲に公定すべきであり、かような立法措置がとられていない以上、正当に応訴した者に対してまで、常に弁護士費用の賠償を命ずることは明らかに行き過ぎであると考えられる。かような観点から、前記の見解には賛成することができない。

以上の前提に立つたうえで、本来の不法行為に基づく損害賠償請求に対する加害者(債務者)の抗争行為(応訴行為)が、いかなる場合に違法性ある新たな不法行為を構成するかについて検討すると、先ずその判定の基準としては、本来の不法行為の違法性の強弱が問題になるものと考えられる。即ち、本来の不法行為の違法性が強度であり且つ明瞭な場合、例えば文書偽造、詐欺等明らかに刑事上の処罰を受けるような場合にあつては、一般に加害者の帰責事由が明白であり、その賠償を怠ることは社会的にも倫理的にも批難に価する行為であるから、加害者の抗争行為は特段の事情のない限り違法性を帯び、新たな不法行為を構成するものと言うことができる。これに対して本来の不法行為の違法性が微弱であり、またはその成否が不明瞭である場合、例えば所有権の帰属が不明瞭な場合の不法占拠行為、無過失責任である民法第七一七条の不法行為等、刑事処分の対象とはならず帰責事由が必ずしも明白でないような場合にあつては、加害者の抗争行為は特段の事情がない限りむしろ正当な防禦権の行使として違法性を帯びないものと言うべきであり、従つて何ら新たな不法行為を構成するものではないと言わねばならない。

そこで本件の場合について考えると、本件事故は刑事処分の対象となるべき一般の交通事故とは異り、道路の管理の瑕疵に基づく事故であつて、第一審被告らの故意過失を要件とするものではなく、しかも本件道路の瑕疵は外見的には容易に覚知し難いものであつて、その法律上の帰責事由の存在も一見必ずしも明白ではないことを考えあわせると、第一審被告らが第一審原告らの損害賠償請求に対して敢えて応訴し、その責任の所在等につき裁判所の確定判断を求める態度に出たことは、違法性ある不法な抗争行為であるとは遽かに断定し難いものと言うべきである。

そうすると、第一審被告らの本件応訴行為について違法性が認められない以上、前叙の理由により第一審原告らは第一審被告らに対し本件訴訟の追行に要する弁護士費用の賠償を求め得ないものと言わねばならない。

よつて第一審原告らの弁護士費用の賠償請求(当審での請求拡張部分)は失当として棄却すべきである(なお第一審原告らは弁護士費用を本件事故に因つて生じた損害として請求しているものと解されるから、右請求は当審での新訴の提起には該当しない。)。

以上により、第一審被告らの本件各控訴、第一審原告らの本件各附帯控訴訴訟は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。(合田得太郎 奥村正策 林義一)

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